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DIALOGUE

SUMIRE DOU

印章彫刻士という専門職が広まったのは江戸時代なんですね。技術の習得はどのようにされてきたのでしょうか? 

最初は、大きく反対文字を書いて練習していきます。全部筆で書いていくんですよ。そして、どんどんサイズを小さくしていきます。父も修業時代、1日1本、1日1本、時間をかけて彫っていたようです。人にもよりますが、2年ぐらい修業すると結構いい感じで彫れるようになってきますね。 


反対文字をこの小さな円の中に収めるのもすごい技術ですね。 

そうですね。円の中にバランスよく収まるように、反対文字を書くというのは熟練の技がいります。下書きを印稿っていうんですけど、父は頭でイメージしたらそのまま書けてしまったようです。小学校に上がる前から筆で文字を書いて遊んでいたそうなので、少しずつバランス感覚も培われていたんでしょうし、そういう作業が好きだったんでしょうね。また、書道家と同じく、漢字そのものについて、文字の造形についても勉強する必要があります。 

印章は小さな円の中に、文字だけでデザインされた芸術なんですね。 

円の中に入れる難しさに加えて、書体も色々あるので難しいですね。基本的な文字は辞書にあるんですけど、同じ文字でも何種類か形があるんですよ。同じ文字と見なされているけれど、形が異なる文字とか、旧字とか。文字の画数や形が少しずつ違うので、例えば実印で4文字入れるとすると、どの文字を組み合わせればバランスがいいのかを考えてデザインしていきます。平仮名が入るとまた難しいようですね。父は長年の経験でパッと判断できるので、お客さんの目の前で「こういうデザインはいかがですか」って書いて見せることができます。 

彫る技術というのは、手彫りと機械彫りでどのように仕上がりが変わるのですか? 

手彫りで全ての文字を仕上げていくことで、躍動感を表現することができます。太い線、細い線をバランスを取りながら表現することで文字が動き出し、命が宿っているような、繊細な文字になるんです。また細部の仕上げでは彫刻刀に角度をつけて、材質に合わせて力加減をコントロールしていますね。こうすることで、欠けない丈夫さを保つことができるのが熟練の技術なんです。美しさや躍動感、捺した時の切れ味が機械製のものとは異なります。また、ハンコには枠がついているんですが、この枠もギリギリまで細くすることで、繊細な美しさを表現できます。機械だとどうしても全てが同じ細さで単調な仕上がりになってしまうんです。 

漢字は画数の多い字や少ない字があり、バランスよく整えていくのは大変な作業ですね。 

そうなんです。文字を少し大きくしたり、小さくしたり…という円の中の配置を工夫することでバランスのいいデザインに仕上げていきます。漢字一文字など、字が少ない場合にはデザインを複雑にすることもありますね。日本の名字は10万から20万種と言われていて、世界に類を見ない多様性があります。さらに、書体によって曲線の美しさも変化するんですよ。その字が最も美しく見えるように、権威性を示すことができるようにと、書体はどんどん生まれていきました。そして、書体が持つ繊細さや力強さを表現するためには、高い技術が必要になります。

スミレ堂さんにとって今回のプロジェクトを通じて新たなプロダクトを製作することは、これまでの歴史の中でどのような意味がありますか?  

この6年間、スミレ堂でショップをやってきた中で、伝統工芸や専門職人の手仕事に対する愛が大きくなりました。自分自身は技術を持つ職人ではありませんが、作り手の想いを伝える「伝え手」という形で何かできることはないかな…とずっと模索していたんです。そんなときに、スミレ堂のハンコケースを作ってくれた方が「スミレ堂のハンコは海外の人に紹介するべきだと思う」ということを言ってくれたんです。その時はピンと来ていなかったのですが、日本の手仕事を海外の方はどう思ってくださるのか、魅力を伝える機会はないかと思い始めた時にこのプロジェクトを知り、参加させていただくことにしました。 

また、印鑑レスという時代の流れもあります。印章書体を企業のロゴや看板に応用してデザインとして活かされているのを見ると、印章としての継続は難しくても、別のかたちで新しい価値を生み出すことができるのではないかという可能性を感じたんです。若い職人にとっても明るい希望が持てるような商品を作ることが、未来の担い手を増やすことにつながればと思いますね。 

チャレンジしていく中で、たくさんの出会いや経験があることにも価値を感じています。視野を広げ、よりよいものを生み出すという可能性、いろいろな専門職人と出会い、それぞれの強みを重ね合わせながら手を取り合っていくことで、伝統工芸の可能性を何倍にも広げてくれるのではないかと期待しています。 

デザイナーとのコラボレーションの中で、新しい技術や、新たに取り入れた思考、視点の変化はありますか? 

たくさんあります。一番はミラノ在住のデザイナー・古川さんとの出会いです。海外の生活様式や求めているものをリサーチすることの大切さ、海外の様式に合わせて作ることの大切さを学ばせていただいています。日本のハンコをそのまま持っていっても海外の生活様式や習慣に合わないし、伝統工芸であること自体に価値を感じてもらいづらいということも教えていただきました。トキメキやワクワク、自分のセンスにビビッときたというようなことを第一に考えなければと、思考が変化しましたね。 


伝統工芸である以前に、魅力的なものかどうかが大切ということですね。 

商品自体にそもそも魅力がないと売れない。こんなに素敵なものが、実は伝統工芸なんだよ。しかもメイドインジャパンなんだよ!ということが大切なんですよね。今回は印章デザインと彫刻を技術として捉え、海外の方向けの商品を作るということで「印章ジュエリー」が誕生しました。印章をジュエリーにするというアイデアは、日本に住んでいる私としては全く発想していませんでしたし、それを最初に聞いた時には胸が高鳴ったものです。ハンコを「捺す」のではなく「身につける」という新しい視点を教えていただき、未来が広がった感じがしました。ジュエリーを身につけることは世界共通のトキメキであることは間違いないと思ったので、このチャンスを活かして色々なことにチャレンジしていこうと思っています。プロジェクトの中で様々な職人とつながることができたことも大きな収穫でしたね。 

今回発表するプロダクトは「ペンダント」とのことですが、どのような工程で製作されていますか? 

まずは材料となるヤマザクラを仕入れて、丸棒に加工するのに2週間、丸棒のスライス加工に1週間、印章デザイン・彫刻に1週間、黒漆・金粉塗りに2か月、貴金属加工に1か月かかっています。全工程合わせて約4か月で完成させていきます。 

スミレ堂では印章デザイン・彫刻を担っているほか、木工・漆塗り・ジュエリーの金属加工の職人とコラボレーションしています。木製のパーツ作りは試行錯誤しましたね。古川さんとは「丸棒をどこまで薄くスライスできますか?」「限界まで薄くスライスしたものに、印章文字を彫ることはできますか?」といったやりとりを繰り返しました。 

その結果、1mm単位で少しずつ薄くしていき、厚さ4mmまでスライスできることが分かりました。この丸棒はペンダントトップになるパーツなので、大きさ・厚みを決定するまでに多くの時間を費やしましたね。この検証があったからこそ、1mmの違いでこんなに見た目に差が出るんだということも勉強になりました。 

ギフトになるような言葉を選定・デザインを製作予定とのことですが、使われている技法はどのようなものですか?  

ペンダントトップに入れる言葉は、お守りになるような言葉というテーマで考えました。12種類から好きな言葉を選んでいただき、身に着けた時に自分の想いが込められていると感じられるようなものをご用意しています。印章デザインは、細い文字や太く書いて曲線がある文字、直線文字など、色々考えて、実際にミラノ在住の古川さんのご近所さんや知り合いに見ていただき、ご意見をいただけたのがありがたかったですね。日本語に英字の意味を添えるデザインも考えましたが「英字はないほうがいいよ」というアドバイスをもらい、白紙に戻したこともあります。海外の方には、漢字をデザインされた印章が絵みたいに見えるみたいですね。 


日本人のように漢字を意味のある言葉として捉えるのではなく、アートに見えるんですね。 

そうなんです。カナダ在住経験のある友人に話を聞いたら、現地の人が首に大きく「台所」とタトゥーを彫っていて、誇らしげに自慢してきたのだそうです。漢字二文字がかっこいい。形が好き。まさにアートなんですよね。サンプルのひとつに「慈愛」という文字を作りました。私としてはお守りのように意味を大切にしていただきたい思いもあったので、ペンダントの裏側にはレーザーで英語の意味「LOVE」を入れていただくことになりました。 

漆や金箔といった様々な工芸技法とコラボレーションして製作されているとのことですが、素材についてどんな特徴がありますか? 

ペンダントトップの素材は、日本産・バラ科サクラ属のヤマザクラを使用しています。石や水晶などあらゆる素材から検討していきました。カットする際に欠けができないか、父が彫れるのかどうか。結果、木が一番相性が良いということで、木材に決定しました。ヤマザクラに決めたのは、日本でしか生育できない樹木というストーリー性や、江戸時代には浮世絵の判木として最高の木材と言われていた歴史、日本で高級家具の素材として人気があるというのも選定の理由になりました。 

ペンダントの貴金属加工の金については、海外の方はメッキではなくて純度の高い金が好きということを伺い、K18で製作することに。販売価格とのバランスも悩みましたね。いいものを作ろうとすると価格が100万円を超えてしまい売れないので現実的ではない…と。繊細な印章の美しさを出すベストな大きさも考慮した結果、20mmくらいのペンダントトップを製作することになりました。 


ご協力いただく職人探しはスムーズだったのでしょうか? 

パートナー探しが苦労するかなと思っていたのですが、プロジェクトでご一緒させていただいている方に相談すると、すぐに紹介してくださって、思っていたよりもスムーズにパートナーを見つけることができました。このプロジェクトの第一期に参加された千代田屋さんに漆塗りを、第二期に参加されている岩田三宝製作所さんにはヒノキを使ったジュエリーケースを製作していただいています。 


普段の印章デザイン、印章彫刻とは違う、製作中のご苦労はありますか? 

普段の印章デザインでは反対文字を彫るんですけど、ペンダントトップはハンコのように捺すわけではないので普通の文字。そこに戸惑いはありました。父は42年ほどの経験がある中で、初めてのことに戸惑ったそうですが、彫刻自体は普段と変わらないので…。丸棒を薄くスライスする作業や漆塗り加工の方がご苦労されたようです。 


今回のプロダクトを作るのに、関わっている職人は何人くらいですか? 

7人に関わっていただきました。1人目は信州の木工職人でヤマザクラの仕入れと丸棒への加工を、2人目は名古屋市西区の木工職人で丸棒のサイズ変更をお願いしました。3人目は家具職人です。スミレ堂の印章ケースを作っていただいた方で、mm単位で限界まで薄くスライスするチャレンジをしてくれて、4人目でやっと父の出番です。印章彫刻士が彫刻デザイン・彫刻を行い、5人目の千代田屋さんへ漆と金粉の塗りを依頼。6人目のジュエリー職人に貴金属加工していただいて、7人目の岩田三宝さんにパッケージ作りを担っていただきました。それぞれ得意分野が異なる職人たちの力を集結して、印章ジュエリーは作られています。 

これまで70年受け継いできた手の文化や、機械彫りでは表現できない技術の伝承について 、どんなビジョンを持っていますか? 

行政上必要な印章の需要というのは、衰退していくことは間違いのない事実として受け止めています。この先の印章技術の伝承については、より自由で柔軟な感性を取り入れ、価値の転換を図っていくことが大切だと思っています。私は、スミレ堂で開発したオリジナル印章ケース付きの印章セットと今回の印章ジュエリー、ふたつの商品開発に携わりました。まずはしっかりとそのふたつの魅力をお伝えする。いろんなお客様に知っていただく活動を行っていきたいと思っています。 

今回「捺すための印章」から「文字を身につける」へ価値の転換を学んだことは大きいですね。ジュエリーとして、ペンダントだけでなくブレスレットやピアスといった展開も面白いと思いますし。無限の可能性を秘めていると思います。 

もう少しリーズナブルなプロダクトにすることで、海外からの観光客に向けてお土産になるような商品を作ったり、彫刻体験をするツアーを作ったりしても面白いかもしれません。企業や店舗のロゴ、看板、映画などの題字で活躍されている書道家さんのように、文字の魅力を伝える担い手として文字に宿る願いを伝える印章デザイナーという方向が、未来の希望になるんじゃないかなと思っています。 

この時代に手でものを作ることは、スミレ堂さんにとってどんな意味がありますか? 

手彫りの魅力は、手の揺らぎや線の太さに強弱をつけることによって生まれる躍動感、繊細さ、力強さだとお伝えしましたが、もうひとつあります。一番大切なのはセキュリティですね。実印は大事な契約のときに使うものですし、偽装がされてはいけません。そういう意味でも、世界にひとつの手彫り印章というのは残していきたい技術ですね。 

「人生の門出に携わる喜び」「名を大切に想う方の名をデザインし、形にすることの喜び」「伝統的な日本の文化の継承」「未来に向けた印章デザインの価値の転換」という手仕事の魅力は、今後も簡単に廃れるものではないと思っています。 


長い時間と技術をかけて作られたものを、どういう方に使ってもらいたいと思いますか? 

まずはファッションのように気軽に身に着けて、日本の文字にアートを感じ、デザインをかっこいい!好き!と感じてくださる方に使っていただけたらうれしいです。そのうえで、日本の手仕事や印章文字のことを知っていただき、文字の魅力を楽しみながらお伝えしたいという気持ちでいます。このペンダントを身に着けることでアイデンティティを思い出し、自分の本来の力が発揮できるといいなと思っています。 

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