安藤七宝店 / 尾張七宝
金属にガラス釉薬を焼き付けて作られる「七宝焼」。日本に伝来した歴史は古く、古墳時代にはシルクロードから伝わったと言われている。ヨーロッパから伝わった技術を独自に昇華させ、最高級の美術品・日本文化の華として世界を魅了した七宝の魅力と、伝統産業としての今後も技術継承について、1880年創業、文化財保護委員会無形文化財選定工場の株式会社安藤七宝店、5代目社長・安藤重幸氏にインタビューしました。
七宝焼と聞いても、すぐにどのようなものかイメージできない方も多いかもしれません。「やきもの」と言っても、陶器とは異なるものでしょうか。
陶器と間違えられる事は結構多いですね。「七宝焼」というと、やっぱり陶磁器を想像される方が多いです。特に愛知県は、良質な土が取れるような地域ってこともあって、昔から陶器や磁器が非常に有名な土地柄ですので同じように思われることが多いです。しかし陶磁器と違って、土を焼くものではなく、金属に、ガラス釉薬で色絵を描いて、それを素地に焼き付けたものです。また、陶磁器のように長時間かけて焼く物というよりは、ガラスが溶けるタイミング(約5分〜10分)で焼き上がるやきものというところでは、大きな差がありますね。
皆さんにイメージしていただきやすいのは「校章」ですね。手元に商品がない時でも「皆さん、昔校章とかとかつけてましたよね、色がついているものの大多くは宝焼で作られていて、あれは金属にガラスを焼きつけてるんです」っていうようなご説明をさせていただくと「あぁ、あれか」となります。
七宝焼というのは、名古屋圏以外にもあるものなのでしょうか。
昔は全国各地に大きな七宝焼き屋さんが全国にありました。しかし、すでに廃業されたところもあり、こうやって産業としてある程度の会社規模でやっているのは、もう当社を含めてそんなに多くありません。
普段の事業の中で、主に製作されているものはどのような商品ですか?
コロナ以前はインバウンドが多かったということもあって、額(ピクチャー)や、アクセサリーが売れていましたね。あと、当社は外商のお客さんも多いので、海外から来たお客さまへプレゼントするものということで、富士山とか、桜の額は結構売れました。
七宝焼は海外にも大きな需要があるとのことですが、主にどこの国への需要が多いですか?
近年ではアジア圏が多いです。七宝焼って海外の人に人気があるっていう話があるんだけど、外貨を獲得するために国や自治体のバックアップを受けて発展した産業なんです。
日本が明治時代に開国した時に、国内産業を発展させ、それを海外に売ることによって、国の貿易収支の赤字を解消させようというようなスタンスだったんですよね。当時は万博ですね。万博に商品を持って行って、そこで行商もして、というようなことをやったという歴史もあるんですよね。海外の人たちに人気があるっていうのは、そもそもそこへ向けて作られてきたものだから、必然でもあるわけなんです。